路線バス「FLAt」 10月1日から、西大寺~牛窓

岡山市の公設民営方式の路線バス「FLAt」が、10/01(木)から

「牛窓・西大寺バスセンター線」と「牛窓・東区役所線」で運行されます。

『 旧東備バス 』が運営していた、「 牛窓(神崎・南回り)西大寺線 」は、西大寺と

牛窓町・吉井川左岸地区(旧邑久郡)を結ぶ地区民にとっては重要な路線でした。

最近は乗客も減少し、重要性は過去形になっているのでしょうか( Yamane の私見)。

東備地区の市部が、各々市営バスをきめ細かく運営しているのに対し、岡山市は

少々後手に回っているように思われます。

しかし、交通弱者は少数派ですが、高齢化を伴いこれからも存在します。

山南地区では、独自の対策案(デマンドタクシー、他)も存在します。

最後の動脈である、「 牛窓(神崎・南回り)西大寺線 」をみんなで守って

ゆきましょう!

FLAt



旧カネボウ綿糸西大寺工場跡地

よく図書館に行きますが、今では「 お犬さんたちの集合場所 」にもなっている

「 西大寺緑化公園 」は、『 旧カネボウ綿糸西大寺工場跡地 』です。

そういえば、「 天満屋ハピーズ 」 も新しくなりましたね!

 

岡山歴史のまちしるべ(https://www.city.okayama.jp/shisei/0000019992.html)では

 明治29年(1896)西大寺村とその近在の有力者により設立された西大寺紡績

は、明治44年(1911)に鐘淵紡績に編入合併され、鐘紡西大寺工場として操業を

開始しました。

 第2次世界大戦では、名古屋や大阪などの大工場が被災するなか、無傷で残り、

戦後の日本の綿糸生産を支える屈指の工場となりました。

 昭和52年(1977)鐘紡本体から綿紡織部門は分離しカネボウ綿糸と

なりました。その後、平成6年(1994)に工場は閉鎖されましたが、

 跡地では平成21年(2009)全国都市緑化フェアが開催されました。

 

しかし、今でも「 鐘紡 」の名残は存在します。

西大寺に被服・繊維業が多いのもそうでしょう!

下の写真は「 西大寺緑化公園 」の

北西出口の、県道177号の西側の電柱です。

『 西幹 』 があるのなら、他にも存在するのでしょうか?

西大寺鐘紡

 

 

もうすぐ秋!旅行の季節です!『 るるぶ '27 』

暑い夏ももうすぐ終わります。もうすぐ秋です。旅行の季節です!

シルバーウイーク(9/19(土)~9/23(水・祝))もあります。

何処へ行こうか、『るるぶ '27最新版 岡山 倉敷 蒜山 』を読みました。

シニアのYamane は最新情報にはついて行けず、知らないスポットが一杯です。

いろいろ面白い所が満載です。

ただ、飲食店・土産屋さんの情報が多いですが、グルメではないので・・・

まあ、『 るるぶ 』 ですから!!

 

ところで、地元「 西大寺 」 の情報は少ないですね。

「 石原果樹園 」「 とれたて岡山産直マルシェ 」「 犬島 」 のみです。

「 安仁神社 」 は、地図にも載っていません!

「 雨乞山 」は、地図にありますが「 芥子山 」はありません。

更に、西大寺以外でも『 北前船 』 の記載はありません!

※ 「 玉島 」 も同様に無視されています!

 

岡山市東区

  

弘法寺と報恩大師

今日、8月15日は、「終戦記念日(戦没者を追悼し平和を祈念する日)」です。 

 当然ながら、Yamane 家にも先の大戦は影を落としています。

 

また今は、一般的な「お盆」の期間でもあります。女房は、千手山弘法寺に

お参りしました。 

藤井の住民の多くは、「 安仁神社 」の氏子であり、「 黒住教 」の信者です。

しかし、江戸時代までは、「 弘法寺 」の檀家であったと思います。

江戸時代( 明治時代の「 廃仏毀釈 」迄は )は、安仁神社と弘法寺は一体でした。

歴史的には「 安仁神社」の方が古社寺でしょうが、神社はあくまで

「依り代(よりしろ)」であり、宗教的な信仰対象ではありません、

宗教的信仰は「弘法寺」であったと思います。

(※「藤井村のえらい人『 藤井平作 』」(2007/02/17)参照 檀家から神道信者に)

 ところで、「弘法寺」には、「報恩大師供養塚」があります。

この地は、延暦14年(795)に亡くなったといわれる報恩大師の墓地と伝えられて

おり、『千手山弘法寺略縁起』によれば、弘法寺の奥の院としてだけではなく、

備前国四十八ヶ寺の奥の院でもあったとあります。

(瀬戸市役所 https://www.city.setouchi.lg.jp/soshiki/23/2883.html)

 

今までは、「 弘法寺 」 にとって、「 報恩大師 」 は特別であると思っていました。

しかし、「 赤磐市歴史まなび講座 『江戸時代の 信仰とくらし:

報恩大師の信仰と伝承の展開 』 」を聴講しました。「備前四十八ヶ寺」の成立には

宇喜多氏が絡んでいるようです。

「 報恩大師 」 は、中世以降、寺創建の古さと由緒を高める為、『 縁起 =創作 』 と

して語られたもののようです。

 

赤磐市歴史まなび講座

残念ながら「 弘法寺 」も同様でしょう!

しかし、平安時代初期の大同2年(807年)「 空海 」が方三丈の堂を建立し千手観音を

安置して以後、「千手山弘法寺 」と称するようになり、鎌倉時代から南北朝時代に

かけて最も隆盛し、朝廷の祈願所となっていたことには変わりありません。

しかし、1967年(昭和42年)の火災で塔頭の1つ善集院も類焼し廃院となり、

現在の塔頭は2院のみとなっているのは残念です。

Yamane は、小学生でした。夏休みには、檀家の子供たちが、キャンプするのが、

羨ましかった思い出があります。

 

さて、Yamane 的には、弘法寺がある「千手山」は、

・牛窓(4世紀中葉から6世紀後半にかけての前方後円墳がある)

 = 吉備海部(海軍族)の拠点

・安仁神社(吉備穴海の東端に存在する狭湾内に位置する)

   =吉備海賊の内軍港

の中間に位置する。「報恩山」は、牛窓神社の真西になります。

(※ 牛窓からは、「 犬島 」も見通せます。)

牛窓 ~ 安仁神社への通信ネットワーク(狼煙、等)の中継地として何らかの設備が

あったのではないでしょうか。周辺にも小さい古墳が多数存在します。

「 東大寺サミット in 岡山 半年前イベント 」 in 瀬戸公民館

昨日、7/26(日)瀬戸公民館にて、

「 東大寺サミット in 岡山 半年前イベント 鎌倉期 瓦の故郷を偲ぶ 瀬戸・万富の集い」

が、開催されました。テレビ、新聞でも取り上げられました。

「 東大寺サミット in 岡山 」は R9年1月24日(日)、ハレノワで開催されます。

また、企画展として、岡山市シティーミュージアムにて、

R8,12/12(土)~R9,3/14(日)「重源と栄西ー東大寺復興に挑んだ岡山ゆかりの人ー」

が開催されます。

東区を盛り上げるイベントになりそうです!

 

さて、「 半年前イベント 」 は、

・ 活動発表「東大寺サミットと私たちの未来」瀬戸中学校 生徒会の皆さん

  『 何故、東大寺の瓦が、遠く離れたここ万富で生産されたか? 』という観点から

  若い魅力ある発表がありました。大した取り組みです!

  これからも、瀬戸中として、世代を継続してもらいたいです。

  また、将来、考古学に進む生徒さんが現れることも期待されます!

・特別講演「東大寺の再建 瓦は語る」帝塚山大学教授 清水 昭博 氏

  ( 清水氏:考古学者。手塚山大学文学部教授、同考古学研究所長、同付属博物館長、

   奈良国立博物館客員研究員、奈良県立橿原考古学研究所共同研究員 )

  万富東大寺瓦に関しては、『 付け焼刃 』 との事でしたが、大した切れ味です。

  今まで、聞いた事の無い切り口から、大変興味あるお話でした。

 

さて、「 万富東大寺瓦窯跡 」 は、昭和2年に国指定史跡となり、

100周年との事。 しかし、その間何がなされたのでしょうか?

万富 東大寺瓦

「岡山市立埋蔵文化財センター」の定期講座でも、拝聴したことがありますが、

土中の『 窯跡 』 を発掘し保存する事は、大変だと思います。

 

ところで、「 万富東大寺瓦窯跡 」を語る際、もう少し視野を広げて考えることも

出来るかと思っています。

・ 備前福岡の市 : 万富の地は、中世には「福岡千軒」と呼ばれて栄えた、山陽道

   第一級の商都に隣接する事。(千草小学校の学区「 大内 」 は、その一部か?)

  『 福岡 』 は、吉井川の氾濫により、右岸から左岸になった事、

         宇喜多直家が、商人を岡山城下に移住させた事

  から、存在感は薄く感じますが、「 中世 」 を考える時には重要です!

  万富の地を考える時、「 吉井川 」 は、もちろん重要ですが、

  「 山陽道 」 も重要です。多くの人々が働く為には、その生活がありますから!

・吉岡廃寺の存在:瀬戸町塩納大久保(森井池の東側周辺)に、白鳳時代後期に

  創建された。「 瓦窯跡地 」 の数km西部です。

  吉備地方の中でも、上道郡( +磐梨郡 ) が、郡堺を越えて備前国の中心地で

  あった事が分かる。

・邑久古窯跡群:隣接する邑久郡に存在し、古墳時代から平安時代にかけての

  須恵器窯跡で、中四国地方最大の生産地。ここから、現在の備前焼に発展したと

  言われている。「 吉岡廃寺 」出土の瓦についても調査が必要と思われますが、

  古代よりこの地は、焼物の最大生産地であったという事実。

  「 万富瓦窯 」 の職人たちは、何処からやってきて、何処に行ったのか?!

 

さらなる、研究が望まれます。( Yamane の領域では、無いですが )

 

追)更に、備前東部( 旭川以東 )と飛鳥(ヤマト王権)との関係は? 

  前方後円墳・物部氏、等々

  ( 「 浦間茶臼山と箸墓古墳との相似性 」について言及されましたが。)

  ただ、ここまで範囲を広げてしまうと、少なくとも中学生の地域研究では

  なくなります!

 ※「飛鳥・藤原の宮都 」は、昨日ユネスコの世界遺産員会で、「 世界文化遺産 」 に

  登録されることが正式決定しました。

 本来なら、清水昭博氏は、彼の地で忙しかったでしょうが?!

 

『 現代語訳 備前軍記 』山陽新聞社

昨日、操南公民館の「 操南・岡山をもっと知ろう会 」にて

テーマ:「 軍記物を読む 」( “ 備前軍記 " 岡山の戦国時代 ) を聴講しました。

なんと講師は「 内池 秀樹 」さん! 『 現代語訳 備前軍記 』 監修者本人です!

我々シニアにも分かりやすく解説して頂きました。

宇喜多氏

岡山博物館では、

特別展「 宇喜多直家と秀家 ライバルとしのぎを削ったサムライたち 」

9/18(金)~11/23(月) が開催されるとの事。楽しみですね!

   

 

2026 夏祭り西大寺 安仁神社 茅の輪くぐり

7月です!もうすぐ、夏です! 西大寺の「 夏祭り 」が始まります。

最初は、7/11(土)「安仁神社 まつり」茅の輪くぐり(夏越しの祭り)です。

10 :00 大祭神事

10 :45 茅の輪くぐりの神事

みんなで、「蘇民将来(そみんしょうらい)」と心の中で(または声に出して)

唱えながら、8の字を描くように左・右・左と3回「茅の輪」をくぐりましょう。

夏まつり西大寺

 

 

ところで、「夏まつり 西大寺」でのイベントは、『 山陽新聞社  』の

「まいられぇ岡山 行事カレンダー」には掲載されていません。( 7月分は)

https://static.sanyonews.jp/files/town/mairare/2026/202607.pdf?_gl=1*1rbkl1b*_gcl_au*MTkzODY1ODc4OC4xNzgyODU4Mjky

何故でしょう?

Yamane は、そこそこの問題ととらえているのですが・・・