藤井邑を巡る往来(道路)は、時代によって、かなり変わって来ています。 まとめてみればなかなかおもしろいです。 ①藤井湾があった(吉備の穴海のあった)平安時代以前 → 牛窓・鹿忍から西行きは、半島を経て、「児島」の島へ海の道。 主なる大移動は、海路…
藤井邑の祠達は、コンクリート製の「やしろ」をもっています。 ここにも、同じような「おやしろ」があります。 でもこれは、某家の「屋敷守り」です。 実は、この某家の先代は、「腕の立つ左官さん」でした。 今までのやしろ達は、この左官屋さんの手になる…
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