「藤井」がまだ、「邑久郡大宮村」だった頃には、「千手」~「北ノ路」~「北川」~「浜田」を
通るバスがあったと聞いています。今でも、乗用車一台分の道幅しかありません。
どのようなバスが通っていたのかと不思議でしたが、下のような写真を見つけました。
通るバスがあったと聞いています。今でも、乗用車一台分の道幅しかありません。
どのようなバスが通っていたのかと不思議でしたが、下のような写真を見つけました。
「岡山タクシー 時代は昭和初期? バスのステップに立っている車掌さんの背丈からして 大きさは現代の大きいワンボックスカー ぐらいか。」とのコメントですが、このクルマなら昔の狭い道路でも通行可能だったのでしょう。