岡山弁について。吉備弁はあるのか?

よく岡山県人は強情だから、関西弁を受け入れない。岡山弁と関西弁の境界は、船坂峠にあると、よく言われますが、そうなのでしょうか?
先日、西大寺ふれあいセンターで、某校の学校説明会があった時、時間があったので「新釈備前軍記」を借りました。赤松氏~浦上氏~宇喜多氏の歴史です。この世界では、船坂峠は境界ではありません。
活躍の真っ只中です。戦国時代、西播州と備前は一体だったようです。
でも、かって吉備国の東境界は加古川あたりだったようですから、これは『東吉備』の範疇だったのではないでしょうか?
ということは、岡山弁・播州弁さらには、広島弁のルーツは「吉備弁」なのでしょうか。

追伸)西大寺ふれあいセンターでの学校説明会の翌日、今度は旭東公民館で別の学校の説明会がありました。かって岡山を代表する2大巨頭(昭和40年代くらいまで???)ですが、説明会の内容はずいぶん違いました。(もちろん、西大寺にある学校とは、格が違いますが)
すみません、『yamane』には、受験する子供はおりません。(たぶん将来も)
冷やかしでした。