2024-06-30 吉備と鉄 【神社と鉄についての調査報告】 美作国は、和銅6年(713年)に備前国から内陸部が分立したものです。 『出雲街道』の要所です。 「 美作の分立は、かつての吉備国分解の最終段階であり、 鉄資源を吉備氏から直接、ヤマト政権の管轄下に置くことによる 吉備氏弱体化の意図があったとされる。」 『神社と鉄についての調査報告』によると、吉備国の中で、 美作国に、旭川水系より吉井川水系に、 鉄にゆかりのある遺跡が多いことが分かります。 吉備と鉄